<インタビューイー略歴> |
株式会社阪急阪神百貨店 執行役員 神戸阪急 店長 杉崎 聡 氏 <経歴> 慶應義塾大学経済学部を卒業後、1993年4月に株式会社阪神百貨店(現エイチ・ツー・オーリテイリング)に入社。2017年に西宮阪急店長を務め、その後2020年から神戸阪急の営業統括ゼネラルマネージャーに着任。現在は神戸阪急の店長として新たな百貨店の創造に取り組む。 |
お客様の暮らしを楽しく、心を豊かに、未来を元気にする「楽しさNO.1 百貨店」
地域住民への生活モデルの提供を通して、地域社会になくてはならない存在であり続けることをグループの基本理念として事業展開を行う、阪急阪神百貨店。地元に根差し、地域住民より「阪急さん」と親しみを込めて呼ばれている百貨店が、更なる価値提供を目指してスタートアップとの連携を開始しました。神戸を訪れるすべての人に、神戸は楽しい街だと感じてもらえるよう、オープンイノベーションに取り組み始めた阪急阪神百貨店が「ひょうご神戸スタートアップ・エコシステムコンソーシアム」への参画を決めた理由と、スタートアップと連携することの期待について伺いました。
※ひょうご神戸スタートアップ・エコシステムコンソーシアム;兵庫県、神戸市、神戸商工会議所が、賛同いただいた企業・団体等とともに、世界で活躍するスタートアップ企業の輩出をめざし、世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点都市の形成による、スタートアップ支援の一層の推進を目的として設立された団体
百貨店だからできる、新たなライフスタイルの提案
-まずはコンソーシアムへの参画を決めた理由を教えてください
杉崎氏(以下、杉崎):これまでの歴史の中で、阪急百貨店といえば「梅田のもの」というイメージが強く残っている中で、我々としてはもう一度「神戸の地元の百貨店」になりたい、神戸阪急ではなく「神戸の阪急」になるとメッセージを出すほど、地元・地域に密接に繋がる百貨店になりたいと常々思っていました。我々が三宮の一等地にある百貨店として、三宮周辺の再開発が進むなか、神戸が震災前のように「観光客で溢れ、神戸に住む人も毎日楽しめるまち」となるためには、地域産業を活性化していくことはもちろん、「人」の活性化も必要だと思っています。そのような考えを抱いていたところ、スタートアップのような変化をもたらすエネルギーを持った人たちと神戸に貢献できる仕事ができるのであれば、地元のみなさんだけでなく我々自身のためにもなりえると思い、参画を決めさせてもらいました。
-「人の活性化」という文脈で、百貨店はどのような役割を持つのでしょうか
杉崎:百貨店というのはそもそも、すごくモノが溢れていて、見たことないものや新しいものが至るところにあって非常に楽しい場所という認識を私が子供のころには持っていました。ただ、時代が進み誰もが満ち足りている現代において、以前のような印象を持たせることが難しく、我々としても百貨店がもう一度「楽しい場所」になるとしたらどのような姿になるべきか非常に悩みました。改めて、我々の価値は何か考えてみると、他にはない「百貨」という部分に行き着いたのです。これをより具体的に言うと、元来より保有している「百貨」をそれぞれ繋ぎ合わせていくと「人々の暮らし」が見えてくるんです。例えば、食器・テーブル・お花・洋菓子・紅茶、これらはすべて我々が取り扱う商品でこれらを繋ぎ合わせると、なんともエレガントなおもてなしの心が見えてくる。このように取り扱うものをうまく組み合わせることによって、「こんな暮らしはいかがでしょうか」とお客様へ提案することができれば、もう一度百貨店が楽しい場所になりえると思いますし、多くの人の暮らしを楽しく、豊かなものにできると考えています。
-百貨店が流通の場から、ライフスタイルをデザインする場に変わるということでしょうか
杉崎:まだそこまで大きいことは言えないかもしれませんが、ここ数年、感染症の影響によってすべての人の日常生活が変化したと思います。これまでの当たり前を手放さなければならなくなったことで、多くの人が苦しい時期を迎えましたが、このような事態に直面したからこそ、当たり前のように日常生活を送ることがどれほど幸せなことであるかを再認識できる時代になったとも思っています。我々はその幸せに対して、「百貨」の中からさらに生活が豊かになるエッセンスを加え、「少しの工夫でこれだけ豊かな生活に変化させられますよ」と発信できる、発信し続ける百貨店になりたいと考えています。
百貨店に訪れるすべての方へ、ドキドキとワクワクを
–それでは商品の流通拠点として、スタートアップと連携を図るのでしょうか
杉崎:流通の拠点として開放するというのは誰でもイメージが出来て、何も面白くないですよね(笑)我々としてもそのような連携だけでは面白くないと思っています。もちろん場所としての価値もありますが、百貨店は多くの取引先の協力もあって成立しておりますので、その取引先とスタートアップをうまく繋ぎ合わせて、新たな価値を創造していくことができるのではと考えています。例えば洋服メーカー様と新素材のスタートアップを繋いで、新たな洋服の開発を行ったり、お菓子メーカーとフードテックの会社を繋いで、世の中にはないお菓子を作ったり。最終的に出来上がった商品を消費者に届けるための場所として百貨店を使ってもらう、このように商品開発から流通まで一緒に進めていくことができるのは他にはない我々の強みではないのかなと考えています。
–なるほど。では逆にスタートアップにはどのような期待をされているのでしょうか
杉崎:まず個人的な想いとしてスタートアップとして事業を営まれている方々は私よりも世代が下の方が多く、エネルギーに満ち溢れていて良い刺激をもらえると感じています。私だったら初めから諦めてしまいそうなことでも、とにかく一生懸命取り組まれている姿を見ると自分も頑張らなければと思いますね。次に大きな視点での期待として、スタートアップには「社会に対して価値提供をしたい」と思われている方が非常に多く、アイデアに溢れていると感じます。その点、我々だけの視点で、「なんとか神戸の街に貢献しよう」と考えても思いつかないことが、彼らと一緒に取り組むことでたくさんアイデアが出てきますし、より大きな価値を持つものになっている。一見難しそうなことでも彼らと考えるとなんだか簡単にできてしまいそうな気がしてくる、この感覚をぜひ神戸の街で生活する人々にも味わっていただくために様々な連携をしていきたいと考えています。
‐スタートアップとの連携が進むと、これまでの「百貨店」に対する認識が大きく変わりそうですね
杉崎:提供する内容や価値は変わっていくかもしれませんが、百貨店が元来持っている本質の価値は変わらないと思っています。昨今テクノロジーの進化によって、自分自身に最適なものをAIが選定し、消費者にレコメンドをしてくれますが、本来「お買い物」というのは一種の娯楽であると我々は考えています。これが娯楽でないのであれば、デジタル技術をどんどん取り入れていくほうが、効率が良くなっていくはずです。しかしながら「お買い物」は消費者と販売元という関係者がいて、それぞれが商品に対する想いを交換し合いながら、気持ちを通わせて成立するものであるはずです。古い考えだと思われる方もいるかもしれませんが、人を介すことによって得られる「温かみ」を失ってしまうと娯楽ではなくなり、「お買い物」本来の楽しみがなくなってしまう可能性があります。スタートアップと連携することで、「お買い物」に更なるエンタメ性をもたらし、百貨店がもつホスピタリティと温かみを掛け合わせることでリアルの場で得られる、ドキドキとワクワクをお客様へ提供していきたいと思っております。