「新しい資本主義」の実現に向け、日本政府は、スタートアップ企業の育成に向けた投資額を5年間で10兆円規模に拡大するなどとしたスタートアップの育成計画を昨年、決定しました。
革新的な技術により、経済への好循環をもたらしてくれるスタートアップに対する期待が年々高まりつつある状況ですが、神戸市では全国に先駆け2021年3月に、地域経済の活性化と県内産業の競争力の向上を図るため、神戸市や民間企業等と連携し、飛躍的な成長が見込まれるスタートアップへの投資を行う「ひょうご神戸スタートアップファンド」を立ち上げ、すでに累計13社への投資が実行されております。本ファンドの責任者として、最前線でスタートアップと接するBIG Impact株式会社の細野氏が、首都圏ではなく、兵庫・神戸で投資を行う理由とは。
<インタビューイー紹介>
BIG Impact株式会社(ひょうご神戸スタートアップファンドGP)
代表取締役 CEO 細野尚孝氏
新卒で大手SIerに入社。組織・人事コンサルティング会社、独立を経て、オプト(現、デジタルホールディングス)にジョイン。新規事業開発、グループ経営企画、M&Aの責任者を歴任。2013年に投資育成事業の立ち上げ、2015年にオプトベンチャーズ(現、Bonds Investment Group)を立ち上げる。2022年に当社設立。『Forbes Japan』が選ぶ「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキングBEST10」 2018年第3位、2020年第5位に選出される。
趣味は、ロードバイク、ラグビー、キックボクシング、サウナ、旅。
「お金を持つ人」が「挑戦者」を助ける世界
⁻これまでのキャリアについて教えてください
細野氏(以下、細野):大学卒業後、大手SIerに入社し、金融機関向け情報システムのデリバリー等に従事しました。その後、経営コンサルティング会社に入社し、主に組織・人事領域に携わり、人事制度の見直しや組織改善の提案などを行っていました。ここまでのキャリアで会社運営における上流部分を経験したということもあり、その後独立に踏み切るのですが、恥ずかしながら、うまく事業を軌道に乗せることが出来ず。改めて事業会社へ入り直すことを決め、これまでの経験と新規事業の立ち上げに携わっていきたいという想いが叶えられる、オプト(現:デジタルホールディングス)に入社しました。オプトでは新規事業の立ち上げ責任者という立場で仕事をさせていただき、事業を立ち上げていく延長線上で、法人化していく場合もあったため、次第にグループ会社の管理やM&Aの責任者を任されるなど対応する業務が増えていき、最終的には投資育成事業の立ち上げ責任者として、スタートアップ投資の世界へ入り込んだという経歴です。
⁻ファーストキャリアからかなり会社運営の上流に携わっているのですね
細野:そうですね。意図的に分野は変えつつも、常に上流工程に身を置くようにはしていたと思います。自分のことを振り返ってみると幼少期から「経営」や「組織運営」というものに興味があり、おぼろげながらも自分で会社を立ち上げたいという想いを持っていました。そういうこともあり、自然とそういった仕事に引き寄せられていったのではないかなと思っています。私がキャリアをスタートさせたのは就職氷河期のど真ん中のタイミングで、多くの大企業が危機に瀕しており、潰れてしまう企業もありました。大企業も潰れてしまうという現実を目の当たりにし、自分の実力で何かを成し遂げなければならないという時代に差しかかっていたことも影響しているのではないかと思っています。
⁻個力の重要性を感じる一方で、現在の投資事業は他者に依存する部分が大きそうですが
細野:新卒で入社した会社で、今後のキャリア形成における印象的な出来事がありました。先ほどもお話しした通り、当時は日本全体で景気が落ち込んでおり、多くの企業が危機に瀕していました。そのような状況にも関わらず、入社した会社の創業者が私財を投じて、某大手エンターテイメント会社の救済に入ったんです。同社も不景気の煽りを受けており、経営状況は厳しく、かなり苦しい局面に立たされていましたが、同社は社運をかけたプロダクトをリリースしました。市況的には大きなリスクを伴う挑戦だと思いますが、彼らの挑戦を「お金を持っている創業者」が、等しくリスクを取って支援する姿を目の当たりにし、この姿勢がとても素晴らしいことだと思いましたし、同時に面白いと感じました。常に自分自身の能力を高めていきながら、私はその力を挑戦する人たちのために使っていくことで世の中に貢献していきたいと思っています。
歴史を振り返っても、都市は一定規模までしか大きくならない
⁻なぜひょうご神戸スタートアップファンドの立ち上げに手を挙げられたのでしょうか
細野:大きく理由として2つあります。1つは私の投資ポリシーとして、「社会を良くしていきたい」という想いがあり、社会を良くするためにスタートアップの力を活用したいと思っています。ただ、現状「東京一極集中」でスタートアップが立ち上がっている状況です。国全体がより良くなっていくためには「地域経済の活性化」も重要で、地域にも良いスタートアップはたくさん存在しており、彼らへの支援が、社会を良くしていくことに近づくと思っています。このような想いがある中で、先進的にスタートアップに関する施策を展開していた神戸市とのご縁をいただきました。もう1つの理由は、神戸という土地が投資事業を行うのに適していたことです。神戸市は、先進的にスタートアップに関する施策を展開されていたこともあり、すでに環境が整っていました。さらに神戸は一定規模の「商圏」と「人材」があるため、市場として伸びる素地があり、今後どんどん伸びていくだろうと思っています。先行投資する市場として魅力的でしたので、兵庫県・神戸市とともに投資事業を行うことを決めました。
⁻地域経済の活性化に向けて、地域においてどのような取り組みが必要だと考えますか
細野:地域経済の活性化に向けては「地産地消」という考え方が大事だと思っています。現代社会では、多くのモノが作られた場所から、大都市圏である「東京」や「大阪」へ流れてしまっています。人が集まるところにモノを持っていけることは良いですが、競争環境に晒されるということも事実です。競争に巻き込まれることにより、適正な値段での販売が難しくなり、儲からないことで産地・生産者を苦しめ、この流れが地方経済全体の疲弊に繋がります。このような状況を打開し、地域経済を活性化させるドライバーこそがスタートアップだとも思っています。地元のスタートアップへ積極的に投資を行い、新たな技術を用いて成長してもらうことにより、地元の活力となって、域外へ流れていた財産を繋ぎとめ、さらにはそれらが集まりやすい環境を作ってくれるはずです。
⁻スタートアップによって、地域経済の「力」を取り戻すことができると
細野:そのきっかけになれると思っています。例えば東京に資源が集中すればするほど、活動がアクティブになりますので、加速度的に成長が進みます。決して、地域の財産が都市に奪われている、という話をしているわけではなく、地方都市でも、地域内で経済活動が成り立つ状況を徐々に作っていくことが重要だと思っています。都市には様々なものが集まっている反面、競争の激しい環境でもあるため、そこから離脱してしまう人・モノが多数あります。そうした時に受け皿になるような場所が必要で、東京に行くことでしかビジネスができないという状況ではなく、「東京でもできるけど、神戸でもできる」というように選択肢があると、日本社会全体で見た際に、経済的にも環境的にも健全だなと考えています。人類の歴史を振り返っても、都市が一定規模に膨れ上がると様々な問題が発生し、それ以上大きくなれないという限界を迎えたことがあったように思います。「遷都」という選択肢もあるのかと思いますが、あらかじめ複数の地域に分散させておくことも大事なのではと思っています。
ベンチャーキャピタリストは「媒介装置」みたいなもの
⁻実際に兵庫・神戸での投資事業を通じて、感じたものはありますか
細野:私たちベンチャーキャピタルの視点で見ると、やはりスタートアップに流れる資金量がまだまだ限定的であると感じます。ですので、資金の出し手が増えていくことが非常に重要だなと感じています。出し手側としても、収益性の高い投資を行うベンチャーキャピタルは地方都市には進出しづらいと思いますので、地場に根付いた投資家や経営者がスタートアップのフィールドへ入ってきてくれることが、現時点では一番理想的な姿だと思っています。ファンドの運用だけではなく、兵庫・神戸でエンジェル投資家になりえそうな方に向けた啓蒙活動も力を入れさせてもらっているところです。
–地場での投資活動におけるメリットはどのようなものがあるのでしょう
細野:例えば、地域での投資活動は競合が少ないということが魅力と言えます。当然ながらベンチャーキャピタルは、リターンが大きくなりそうなスタートアップに投資を行いたいと考えています。正直、地方のスタートアップに投資するより、東京のスタートアップに投資した方が、回収効率は良いと考えられます。ただし、投資環境もどんどん厳しくなっており、優良な案件にすんなり投資ができるとは限りません。個々のベンチャーキャピタル自体にユニークさがなければ、他の競合ベンチャーキャピタルとの差別化が出来ず、投資家として選んでもらえない時代になってきています。例えば、自分たちの拠点がある土地で、地場の企業や、スタートアップとともに事業開発やサービス開発を行い、将来的な収益を一緒に生み出していくという考え方もおもしろいなと思っています。現に他都市ではそういった事例も出てきています。ある投資家が地域への投資を集中加速した結果、他の投資家の呼水になり、街全体の活性化が進み、相乗効果として自分が保有していた資産価値が向上しています。その結果を元に、東京の投資家にも投資を薦め、更なる資金の流れ込みを生み出し、価値が上がり続けていくような状態が出来つつあります。
⁻いわゆる「エコシステム」が出来上がってくるのですね
細野:そうですね。出資者を起点として様々な人が集まってくると、スタートアップが開発したサービスを使ってくれる人もどんどん増えますし、協業してくれる人も出てくるはずです。こういう状況が進むと、産業構造自体が分厚くなり多重構造になり、これが街全体として推進できるとスタートアップの城下町みたいな形になり、自然と「スタートアップエコシステム」が出来上がっていくと思っています。ただし、「エコシステム」というのは、生態系という意味では人為的に作れるものなのか、という議論はあると思っています。東京ではスタートアップが育ちやすい環境が出来上がっていますが、誰かが「エコシステムを作ろう」と言い出し、出来上がったかといわれると、そんなことはない気がしています。例えば、起業家たちが勝手に渋谷などの古いマンションに集まって、それがいつしかスタートアップが集まる土地柄、と評判になり、後から行政のサポートが入ってきたという順番で、一般にも広がっていったと思っています。それぞれのスタートアップが自発的に関わっていく、参画していくことが重要になるのですが、飛び込むにはまだまだハードルがあることも事実です。より多くの人が関われるように、私たちのようなベンチャーキャピタリストが「媒介装置」となって、スタートアップと地域のプレーヤーを繋げていくことが求められていると思っています。
⁻ベンチャーキャピタリストが地域におけるスタートアップ支援の潤滑油となりそうですね
細野:地方にはまだスタートアップに対して、強い関心を持つ方が相対的に少ない中で、誰もが分かる言葉を用いて、スタートアップについて説明ができる人材が必要だと思います。ベンチャーキャピタリストであれば、その役割を担うことができると思いますし、このような取組を率先して行うことが、我々のビジネスにも良い影響を与えてくれるはずです。私たちの仕事は、簡単に申し上げると、「大規模資本からお金を預かり、預かったお金をスタートアップに渡していく」というものです。ただお金だけを預かるのではなく、情報やコミュニケーションも我々が間に立ち、全てが円滑に流れる形を作ることがこのビジネスでは非常に重要なポイントとなります。先ほども申し上げたように、私たちがいくら地域で投資を進めたとしても、地場で活躍する企業の協力を得られなければスタートアップが成長することが出来ず、良い結果が生まれません。地域経済を活性化し、社会をより良くしていくためにも、その地域にしっかりと入り込み、周りをうまく巻き込みながらスタートアップへの投資ならびに事業成長支援を行えると良いと思います。こういった意味では、現在ひょうご神戸スタートアップファンドでの投資企業が増えつつありますし、これまでの活動で積極的に関わってくれる企業も増えてきていますので、更なる活性化のためにも、ベンチャーキャピタリストとして兵庫県・神戸市で活動したい方がいれば、積極的にお声がけいただきともに支援の輪を広げていきたいですね。