NEWS

【シリコンバレー駐在員レポート】Generative AIの米国マーケットトレンドと社会へのインパクト

アメリカ西海岸

神戸市は、2019年にイノベーション先進地との連携を深めるべく、シリコンバレーオフィスを開設しました。米国におけるスタートアップ投資環境が良好でない中、ある特定の分野だけが突出して盛り上がりを見せています。先端技術が生まれた地で何が起きているのか、現地駐在員であるイノベーション専門官の笠置がレポートします。

特に大きな注目を集めている“Generative AI”が現地ではどのように受け入れられているのか、スタートアップ関係者へのヒアリングを通してわかったこととは。

※Generative AI:プロンプトに応答してテキスト、画像、または他のメディアを生成することができる人工知能システムの一種


AIが持つ未知の可能性に世界が揺れる

昨年11月にOpen AIがChatGPTのプロトタイプを公開して以来、幅広い質問に対するその回答内容が人間にとって極めて自然に感じられるレベルであることから注目を集め、非営利法人として設立されたOpen AIの評価額は290億ドル(約4兆円)に達している。

そしてグローバルでのベンチャーファンディングが昨年比でほぼ半減している中、2023年5月末時点において、今年新たにユニコーンになった38社のうち、8社をAIスタートアップが占めている。また、シリコンバレーやサンフランシスコを含むベイエリアで開催されているスタートアップ関連イベントのテーマはほとんどがAIで、会場内では有望なAIスタートアップやそのプロダクト、投資可能性などに関する活発な情報交換が行われている。溢れ出る大量の情報を浴び過ぎて個人的には最近“AI疲れ”を感じており、ベイエリアのスタートアップ関係者も口を揃えるほどだ。

一方、その異様な過熱ぶりに水を差すように、AIの開発やその利用に対する規制を求める声が大きくなりつつある。その声はプライバシーの問題に始まり、安全保障に対する懸念なども含む。Open AIのCEOであるサム・アルトマンでさえも、今年5月の米国議会において、AIには人類が抱える大きな問題を解決する可能性があるが、予測不可能な方法で社会を変えるほど強力だと警告した。そのリスクを軽減するためには政府による規制面での介入が不可欠になると指摘し、例えば、AI開発ライセンスの発行と停止権限を持つ監督機関の設立などを提唱している。来年には米国大統領選挙の実施が予定されており、AIが本選挙に影響を与える可能性が懸念されるなど、政治的な背景も見え隠れしている。

■米国AIマーケットトレンド

Chat GPTの登場以降、米国でのAI開発競争は激化の一途をたどっている。

Chat GPTの直後にGoogle が独自のGenerative AIである”Bard”をリリースし、また様々なスタートアップもAIを活用したサービスを開発しているが、それは当然エンジニアの雇用環境にも影響を与えている。
2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻に端を発した世界経済の混乱は米国にも深刻な影響を与えており、米国テック企業は現在に至るまで約38万人のレイオフを実施してきた。

さらに今年3月にシリコンバレー銀行が破綻してスタートアップが追い討ちをかけられる中、AIエンジニアだけは雇用機会が増加し、平均給与が上昇し続けている。 人工知能や機械学習に特化したソフトウェアエンジニアの平均給与は、そうでないエンジニアの給与よりも12%高く、またエンジニアの給与が停滞するか低下している中で、AI関連の役職の給与は4%上昇していると報告されている。シリコンバレーの中心地であるSan JoseにおけるシニアA Iエンジニアの平均給与は年収187,000ドル(約2,600万円)、リードAIエンジニアの平均給与は年収221,000ドル(約3,100万円)にのぼる。

■AI関連の大型投資案件

・Appleの元幹部2人が創業したヒューメインは、AI対応のウェアラブルデバイスの開発に向けてOpen AIのサム・アルトマンCEOを含む投資家から1億ドルを調達。(シリーズC)

・音声AIのスタートアップ、イレブン・ラボはシリコンバレーの大手VC・アンドリーセン・ホロウィッツから1,900万ドルを調達。評価額およそ1億ドル。(シリーズA)

・グーグルの元社員2人が創業して2年足らずのキャラクター・ドット・AIも同じくアンドリーセン・ホロウィッツなどから1億5000万ドルを調達。評価額10億ドル。(シリーズA)

・カナダ・トロントを拠点とする企業向けGenerative AIスタートアップのコーヒアは2億7000万ドルを調達。評価額は21-22億ドルと言われている。(シリーズC)

シリコンバレーのある投資家は、Generative AIは市場を変える爆発力があると評価するが、現在のAIブームに対する見方は冷静で、メディアが一切報じないAI開発にかかる莫大なコストにもっと注目すべきであると語る。このコストスケールの問題から、今後現れるスタートアップがLLMプラットフォームの構築で大手テック企業やOpen AIと競争できるとは考えにくく、Generative AIを活用した産業別あるいは企業別にカスタマイズされたツールの開発にスタートアップの活躍の余地があると見ている。またAIが人間の代替となるためには相当の時間と費用が必要であるため人間の全ての行動をAIが代替することは経済上成り立たないとし、AIスタートアップを評価する際はその技術とともに、学習の根本となるデータをいかに安く、大量に、幅広く得られる仕組みを構築できているかを分析しているとのことだ。

一方、別の投資家はAIスタートアップの評価額はすでに高止まりしており、投資対象としての旬は過ぎてしまっていると見ている。シリコンバレーには2-3年に一度、○○テックというトレンドが発生し、Generative AIもその一環に過ぎないかもしれないと話す。

Smart City

共存に向けた「リテラシー」と「モラル」

このような米国の状況下で、より詳細に動向を捉えるべく、米国の様々な業界の有識者に“Generative AI”が社会にもたらす影響をテーマに、実際に最先端テクノロジーの開発や利用に携わる起業家、その活動を支えるベンチャーキャピタリスト、またAIの影響を大きく受けるとされるアカデミアの研究開発者や大手ファームの弁護士などを中心に、インタビューを敢行した。

■有識者へのインタビュー

米国の様々な業界で活躍する有識者たちに、Generative AIが仕事など生活に与えている影響や利用した感想をヒアリングした。総じてGenerative AIは人間の補助ツールに過ぎないという見方が大勢で、今後の一般社会での普遍的な利用を見据えつつ、倫理的なリスクが潜んでいることを言及している。

起業家(ソフトウェアエンジニア)

・ChatGPTが特に役立つと想定するポイントは2点。ゼロからイチを生み出すほどの優良なコードはChatGPTによる影響は受けないが、オペレーションを進める上でコードのアップデートは必要であり、ここに活用できる。またハードウェア企業がソフトウェア系スタートアップとコミュニケーションを取る場合、ChatGPTはそれを助ける可能性がある。

・昨今のAIの進化に対してはネガティブな印象を持っている。社会にどのような影響を及ぼすのか議論がなされないまま、資本主義のルールだけで開発が進んでいる。例えは悪いが、人類の生存を脅かすレベルの負のインパクトを近いうちに引き起こすのではないかと懸念している。特に金融分野が危ういのではないか。

・日本のサイバーセキュリティは脆弱であるにも関わらずAI利用が促進されており危うさを感じる。一方、世界に比して遅れている産業分野のDXを促進するとも思う。

ベンチャーキャピタリスト

・投資判断の材料となるInvestment Memoの作成にChatGPTを利用しているが、プレゼン資料の作成に使いたいがレベルはまだまだ。
つまりアドミの代替。投資案件の検索などには全く使えない。

・現行の投資先の75%がAI関連スタートアップ。面白い案件を求めたらそうなっていた。昨年までは全くAIというテクノロジーが認知されておらず、周りの理解がない状況であったが激変した。

・その中でAI Chat Bot 置き換え論争などの影響はある。ただしヘルスケアなど規制が強固な領域には当面使えない。どこかで使えるようにはなるが、FDAがやっと一般的なAI利用のガイドラインを発表した段階で、Generative AIに対してはまだまだ時間がかかる。

・人間の作業が楽になるのは間違いない素晴らしいツール。大量の論文を読んで、データを引き出し、適切なアウトプットをリアルタイムで出すことができる。ライフサイエンス分野だと、例えば最適な治療の提供、創薬の迅速化、タンパク質デザイン、加工物デザインの合理化に活用できる。ポジティブに使おうとすればパワフル。

・一方、ネガティブサイドとして、ミスユース、悪用が多くなるだろう。現在はみんながリスクを洗い出している状況で、まだ何も分かってない。産業革命に伴う公害の発生と類似している。

・その他の課題としてはまだまだコストが高く、スタートアップのグロスマージンを下げてしまうこと、またソフトウェア系の参入障壁を作りにくいことがある。

・今後、AIの進化はベンチャーキャピタルや弁護士などの存在意義に影響を与え、ホワイトカラーの仕事をリプレイスすると見ている。

アカデミア研究者

・ChatGPTを利用してみて、自身の研究内容がChatGPTに代替されるレベルのチープな研究ではないことを理解できて安心している。

・ChatGPTを活用した調査は行うが、あくまでも研究室に所属する大学生レベル。つまり、学生に依頼して報告を受けた調査内容を査読なしに受け入れることはなく、あくまでも補助ツールにしか過ぎない。

・一方、自身が受け持つ大学授業の講義内容は変化している。例えばプログラミング言語のRを利用したクラス内容はほとんどがChatGPTに代替される。つまり今後はLLMを当たり前に活用することが求められる。

・分野によるが、Generative AIよりも量子コンピューターの開発が今後の研究の前進に大きく役立つと捉えている。

弁護士

・弁護士事務所内(米国大手ファーム)ではクローズドなAI利用がすでに行われており、業務改革が進んでいる。例えば訴訟に必要な書類をこれまでは若手弁護士が2、3日かけて作成していたが、現在はAIが5-10分で作成してくれる。

・将来、弁護士の仕事は必要なくなるかもしれないが、現時点ではあくまでも補助ツール。ただし、若手弁護士の仕事のやり方やその成長はこれまでと大きく異なる。個人的にAIの開発やその利用に関する倫理を検討するための活動に与している。AIに世界中の情報を学習させ、そのAIはどのような性格を有するかという実験を行ったところ、AIはいわゆる”悪”になり、人間がその手動でスイッチをオフにする必要があったとのこと。

・このような実験結果を鑑み、人間がどこかでAIに関する楔を打たなければ世界中が混乱に陥ってしまうのではないかという危機感がある。

総じて、インタビュー参加者はGenerative AIの利便性とポテンシャルを高く評価しているが、潜在リスクや倫理的な影響に警戒しており、その利用の促進には慎重なアプローチが必要と考えている。参考までに、ChatGPTに対してもGenerative AIがもたらす社会へのインパクトを問うてみた。回答は下記のとおり。

■ポジティブ

<効率化と生産性向上>
AIの進化により、業務プロセスの自動化が可能となり、作業の効率化や生産性の向上が期待されます。特に、オペレーションのアップデートやコミュニケーションの補助としてGenerative AIを活用することで、作業の迅速さと正確さが増すでしょう。

<専門知識の提供>
 AIは大量のデータを解析し、高度な専門知識や洞察を提供することができます。医療診断や科学研究、投資判断などの分野で、AIが迅速かつ正確な情報を提供し、意思決定の質を向上させます。

<イノベーションの促進>
AIは創造性を刺激し、新しいアイデアやデザインの生成に貢献します。AIを活用することで、芸術作品や音楽の生成、新製品の開発など、クリエイティブなプロセスが促進され、イノベーションが生まれるでしょう。

■ネガティブ

<就業の損失と経済的不平等>
AIの普及により、一部の業務が自動化されることで一部の労働者が失業する可能性があります。また、AIの恩恵を享受できるのは経済的に豊かな地域や企業に限られる場合、経済的不平等が深刻化する恐れがあります。

<プライバシーとデータセキュリティの懸念>
AIは大量のデータを利用するため、個人のプライバシーやデータセキュリティの懸念が浮上します。個人情報の漏洩や不正利用、監視社会の進展などのリスクが存在し、それに対する適切な保護策が求められます。

<倫理と人間性の問題>
 AIの進化に伴い、倫理的な問題も浮上してきます。AIによるバイアスの再生産や個別の倫理的価値観の反映、兵器利用などが挙げられます。AIの利用によって道徳的なジレンマが生じる可能性があり、適切な規制や倫理的ガイドラインの確立が必要です。

インタビュー内容とChatGPTの回答を並べてみて、改めてGenerative AIの補助ツールとしての価値の高さを感じることができるが、有識者たちが示す、特に最前線で研究開発に勤しむ方々が提示する具体例に勝る説得力を感じることはできない。月並みな話ではあるが、やはりAIを活用する側の、人間のより一層強いリテラシーとモラルが求められるとの思いに至る。

今後、米国のアカデミア、人材育成はAIの進化に伴う変化を促されるであろう。“米国で最も価値ある資産は大学” との声もある中、今後どのような変化を遂げるのか、引き続き注視していきたい。

最後に、これは個人的な雑感でもあるが、社会がAI開発を留められない理由がいくつかある中で、その大きな要因の1つは資本主義という社会システムであり、このシステムは経済格差の拡大や社会分断など、最近は制度疲労を露呈している。スタートアップエコシステムは米国資本主義の象徴と言っても過言ではなく、その活動に抗う意味も含有する実態のあるAI開発規制を米国が本当に実行できるか、その後の未来の道筋を見通す上でも注目している。

Open AIのメンバーや日本に縁の強い投資家は、AI開発における日本の役割に強く期待していると話す。AI の根幹はデータであり、それは人間の活動の鏡とも言える。個人主義が強い米国や中国の価値観を基準としたAIではなく、日本や北欧のような社会全体の調和を重んじた価値観に沿ったAIの発展が望ましいとのことだ。本来は人間をサポートするはずのAIに疲弊させられるのではなく、AIに助けられたい、癒されたいという思いがAI発展の最前線に立つ当事者たちの本心なのかもしれない。

<筆者>

神戸市 経済観光局 新産業創造課 イノベーション専門官

笠置 淳信

2019年8月に神戸市に採用され、500Kobe Accelerator Programなどを担当。2020年11月よりシリコンバレーオフィスに駐在し、米国スタートアップやテック企業の神戸誘致活動や、神戸スタートアップの米国進出サポートなどを手掛けている。大学卒業後、大手通信企業にてクロスボーダーのM&Aや買収後のPMIと経営管理、人材開発などを担当した後、2016年に経済団体へ転職。日米経済関係の強化に資するべく、日米政府関係者などへのロビイング活動、米国イノベーションの現地調査、それらの活動を踏まえた政策提言の策定を行った。

KOBEPORT